ISBN:4789730816 文庫 前野 律 ヴィレッジブックス 2007/04 ¥924

リサ・ガードナーの新作、読了〜(^^)
もう、面白かったの何のって!
細部にまでこだわったキャラクター設定、あらゆる視点からとらえた隙のないプロット・・・これぞノンストップ・サスペンス。
ロマンス度合いが全くといってない分、その実力をまざまざと思い知らされた1冊です。

州警察の狙撃手ボビー・ダッジが受けた緊急召集は、高級住宅地での立てこもり事件だった。
妻と幼い子供に銃を突きつけている男が、撃つつもりだと判断し、ダッジは男を射殺する。
しかし、彼が射殺した男は権力を持つ判事の息子で、判事夫妻はボビーが男の妻キャサリンにあやつられ、意図的に殺害したとして告訴したのだ。
ボビーは狙撃手から一転、殺人者扱いとなる。
暗い過去を持つキャサリンは病弱な実の息子を虐待しているのか、本当にボビーはキャサリンによってあやつられたのか。
そして、ボビーは「殺人者」として裁かれる事になるのか・・・。

リサの作品というのは「時間」が重要なウエイトを占める。
この作品ではボビーが、判事の権力に屈して偽りの証言をするのか、それとも自分を曲げないかというところのタイムリミットがある。
かつて幼児性愛者の犯罪の餌食となったキャサリンにとっても、夫ジミーが離婚を成立させる期限というものがある。
それが、物語を引き締めているのは言うまでもない。
孫の親権を手に入れる為に手段を選ばない大物判事、息子を亡くし悲嘆にくれる判事夫人、その判事に依頼されて色々調査している私立探偵、病弱な息子の病気の原因究明をする医師、チェリストのボビーのガールフレンド、市警殺人科の女刑事、かかりつけの精神科医が絡み合い・・・そこに、かつてキャサリンを餌食にした犯罪者が、謎の人物によって仮釈放され、刑務所の外へと放たれる・・・どう転ぶのか分からない、そのドキドキ感がすごい。
1ページ先には、さっきまで読んでいた事に疑問が投げかけられ、鮮やかに読者の覆し、そしてまた新たな事件へと展開していく。
その書き具合は、読者に一息すらつかせてくれないのだ。

実際、ボビーは追い詰められ、自分の中に封印していたトラウマに正面から向き合う事になる。
このボビーがまた、女性作家ならではの細かさ、繊細な部分も備えつつ、恐ろしく不器用にストイック。
小さな頃に母親に去られた際のトラウマを心の奥底に隠し、自身の幸せを求めながらも、無意識にそれを壊さずにはいられない哀しく、孤独な男性でした。
そして、そのボビーを渦中に巻き込んだ美しき人妻キャサリン・・・この恐ろしい女性を描けるからこそ、ストーリーテラーなリサ・ガードナーなのである。
稀代の悪女かと思いきや、これがまるで万華鏡の如き多面性を持つ女。
犯罪者に誘拐され、その犯罪の餌食となり、助けられたが・・・彼女の中で「何か」が死んでしまった。
そんな彼女が成長し、妻となり、母となった様を物語の中で細かく描きつつ「彼女がやはり犯人なのか」「やはり息子を虐待しているのか」という疑問を上手にもってくる。
自分の肉体を使い、男を操り、それでいてあの時の子供のままの彼女が見え隠れするのが読者にも分かりやすく描かれていてグイグイ引き込まれる。
ヒロインとして読むとNG?
いや、そういう枠に囚われないで、このキャサリンのくだりは読んでもらいたい。
松本清張作品にもあるが、哀しい運命を背負った女の機微を堪能してもらいたいのだ。

一つ一つが別のところで動いていたかの出来事が、ラスト近くでどんどん一箇所に向かって集約する様は、まさに圧巻。
広げた風呂敷を、あんなに見事に、そしてもの哀しく納めてしまうのが、もう脱帽なのである。
医学、警察関連法律の専門用語が多く出てくるが、それすら気にならないスピーディな展開。
何より、いつもながらの徹底したリサーチとその筆力によって、全く素人の読者にそれらを負担に思わせない書きっぷりなのである。天晴れ!
ラストのあのやりとりが、白か黒か、ではないのもアリ、という余韻を残すものになっていて、更によいのだ。
そして、リサ作品読者には嬉しいおまけがある。
あの『素顔を見せないで』のヒーローであるJ・T・ディロンが登場するのだ!
そう、あの作品からこの作品までに実際の時間も約10年たっているのだが、まさにリアルタイム後日談である。
あの部分なんて、本当に出血大サービスもんですってば!
こうやって一連のクインシー・シリーズを読んでいらっしゃる方にも楽しんでもらえる要素もあるんで、本当、読んで下さいっ!

ことのさんが原書読んだ時点ではこれ、単発作品だったのですが、今年頭にこのボビー・ダッジ・シリーズの続編『HIDE』が登場した。
さすがに、この素晴らしいボビー・ダッジというキャラクターを1冊で捨てるには忍びなかったのね、リサ・・・市警殺人科の女刑事D・Dも登場する1冊なのでこちらも翻訳を期待したい。

あ、その前にクインシー・シリーズの『GONE』もお願いしまっす(ぺこり)

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